酔いどれデザイン日誌 - Drunken Design Diary -

都内でデザインファームを営む酔っ払いが、UI/UX論やデザイン思考論を書き殴ります。

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バッドデザイン賞を勝手にノミネートしてみた-2018年度版-

今年も残すところあと1週間あまりとなりましたね。早いものです。

激動の平成30年間、数々の偉大なグッドデザインプロダクトが世界を激変させてきましたが、一方で「どうしてこうなったの?」というものも世の中にはまだまだ沢山あります。

私は職業柄、日常生活で見かけたそういった好ましくないデザイン事例をストックしておりまして、去年はそれらをまとめて記事にしてみたところ意外と反響が大きくてびっくりしました。皆さんもわざわざ声には出さないけど色々思うところはあったんだなぁと。

しかしながら、未だに公式にバッドデザイン賞を認定する機関は現れていません。去年も書きましたが、グッドデザイン賞のように良いものを良いと評価することも大切ですが、良くない部分を無視し続けていたのでは、いつまで経っても不便なものは不便なままです。

ということで、今年も勝手にやってしまいました。あくまでジョークコンテンツとしてお楽しみください。

本アワードで扱うバッドデザインの定義

  • 誤操作や誤認を誘発する意匠
  • 身体的な危険が伴う意匠
  • 精神的な不快感を誘発する意匠
  • 情報が全く伝わらない意匠
  • 課題とソリューションが大きく乖離した意匠

※なお「ダサい」「カッコ悪い」などの主観的なバッドデザインはノミネート対象外とする。

このアワードを通じて普段当たり前のように享受しているデザイン(DESIGN)の大切さと、プロジェクトにデザイナーを入れることの重要性を感じて頂ければ幸いです。

また、渾身のバッドデザイン事例をお持ちだという方は是非「#バッドデザイン賞2018」でTwitterなりInstagramなりにノミネート(投稿)してみてください。あとでエゴサしてニヤニヤします。

ええ?去年出し尽くしたからもうさすがに無いだろって?無くなってれば良かったんですけどねぇ・・・

バッドデザイン賞ノミネート作品一覧

今回は、2018年に新たに撮影したバッドデザイン事例の中から厳選した6事例を紹介します。街中で撮影する都合上プロダクトの事例が多くなっていますが、特に他意はありません。それでは、メリー・バッドデザイン!

No.1「余計なお世話」

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【ノミネートコメント】

多くの場合において案内板やテプラなどの後付け情報はバッドデザインを救うが、これは全く逆に作用してしまった残念な事例だ。武蔵小杉にて発見。

今見えている「ここを押す」は、実は出口側のものが半回転して停止している状態なのだ。つまり馬鹿正直に案内を信じてゲートに突っ込むと華麗な前方宙返りをキメる羽目にになる。

案内板をよく見ると、結束バンドでゲートに固定されている。そう、この案内板はゲートの付属品ではなく、誰かの親切心によって後から設置されたものなのだ。無計画な親切心は、時に他人を傷つけるんだなぁ。

そもそも「ここを押す」という案内の意味もよくわからない。バーの上側は押したらダメなのか。というか素直に入口/出口でよかったのではないか。考え始めると疑問が尽きない、堂々の誤認部門ノミネート作品である。

No.2「スパイ専用トイレ」

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【ノミネートコメント】

これは、世にも珍しいスパイ体験ができる画期的なトイレ型アミューズメント施設だ。渋谷にて発見。

このトイレに入るためには、事前に敵の幹部から盗み出した4桁の英数字に加えて2種類の図形を組み合わせた非常に強固なパスコードを用いる必要があるが、ロックを突破したところで安心してはいけない。ドアノブをよく見て欲しい。ここに示された方向と逆側にノブを回してしまうと、なんとドアが再ロックされてしまう

このラストミステリーに気付かなければ、無慈悲にもブラストビートを刻み続ける膀胱のせいで正常な思考を失っている状態で、正しいパスコードを永遠にリトライさせられ続けるのだ。えげつない。

よく見ると番号の並びも一般的な計算機や電話番号のような横方向配列とは異なる独特なもので、直感的に入力ができない。そもそもなぜ片側にしか回してはいけないドアノブがレバー型ではないのか。というか、たかがトイレのロックにしては厳重すぎやしないか・・・

一般的な形状というものがなぜ一般的として定着しているのかという真理を、体験型アミューズメントを通じて楽しく我々に教えてくれる、見事な誤操作部門・エンターテイメント特別賞ノミネート作品である。

No.3「テプラ待ち」

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【ノミネートコメント】

トイレ繋がりでもう1事例。日本のトイレは世界最高峰の技術力で排泄体験-エクスペリエンス-を最高なものにするだけでなく、インテリアとしてもハイセンスでスタイリッシュなのが売りだ。

しかしこのトイレは、もうすぐ誰にも流せなくなるだろう。余計なものを極限まで削ぎ落としたシンプルなデザインは、削ぎ落とされてはいけないものまで削ぎ落としてしまった。

恐らくデザイン部門の「素材の風合いを活かしたい」という要望と、技術部門の「機能説明を明記してほしい」という要望が悪魔合体した結果生まれた負の遺産だと思われる。

公共空間に設置される可能性がある時点で摩耗することくらい想定済みだと思うのだが・・・でも大丈夫、日本にはテプラという最強の発明品があるからね!

テプラが生まれた理由を我々に再認識させてくれた、意味が伝わらない部門有力候補のノミネート作品である。

No.4「ペット」

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【ノミネートコメント】

わけがわからない。某マンション内エレベーターで発見。

あまりにわからなすぎて逆に気になってきたので、このボタンについてGoogle先生に聞いてみた。「あらかじめ押しておくと乗り場でペットランプが点灯し、動物が苦手な人がペットと同乗してしまうトラブルを防ぐ効果があるボタン」らしい。・・・は?

意味がわかったところで納得ができない。これではペットを連れた人が最初に乗っているケースしか想定されておらず、ペットが苦手な人が最初に乗っていてあとからペットを連れた人が乗り込んでくるケースには対応できない。

しかもよく見ると、「ペットボタンは行き先階ボタンを押す前に押してください」と注意書きがある。なんで閉じるボタンより下に設置したのか・・・

インターフェースにおけるラベルの大切さと機能仕様を詰めることの重要性を痛感させられる、文句なしの意味が伝わらない部門・ソリューション乖離部門ダブルノミネート作品である。

No.5「30秒で支度しな」

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【ノミネートコメント】

前回「世界にはたくさんの〜」と言っておきながら日本の事例ばかりだったので、ここらで海外事例をご紹介。トルコ・イスタンブールで発見。

トルコの公共交通事情は思ったよりも発展していて、日本と同じようにプリペイド式ICカードで乗車することが当たり前だ。しかも日本語表示対応ときたもんだから素晴らしい。トルコ大好き。

しかし日本の券売機と決定的に違う箇所がある。よく見ると「時間:20」と表示されている。実はこの券売機、操作を開始してからお金を投入して発券されるまで30秒のカウントダウンがあり、時間をすぎると強制的に中断→最初からやり直しとなる。せっかちすぎない??ド●ラおばさんでもあと10秒は待ってくれるんだけど・・・

なおこの画面、タッチパネルに見えるがタッチパネルではない。壊れてると勘違いした客が隣のレーンに横入りするせいで券売機周辺のカオスゲージは加速度的に上昇して行く。

さらに追い討ちをかけるようだが、日本の券売機のようにお金を入れてから何円チャージするか選ぶ方式ではない。入れたお金が全額問答無用でチャージされてしまう仕様なのだ。彼らにおつりという概念は無い。私は焦って、この後3回目のやり直しで100TL(約2000円)入れてしまったが、あとで確認すると目的地まで2.5TL。あきらかに買いすぎた。

国民性が違うとシステムの仕様も全然違うという当たり前の事実に気付かせてくれた、遠い異国からの精神不快部門・国際特別賞ノミネート作品である。

No.6「孔明の罠〜アイスバケツチャレンジ編〜」

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【ノミネートコメント】

これは写真でみると何の変哲も無いただのポットだが、非常に巧妙な罠が潜んでいる。写真左のポットがロックなしで写真右の状態になる。あとはわかるな・・・某旅館の客室で発見。

人間には高度な学習能力と予測能力が備わっている。以前見た形状を記憶し、次回から効率よく物を使えるようになるという大変素晴らしい脳の仕組みだ。

このようなポットは、料理屋などでほぼ毎日見ている。否、見ていたと錯覚していた。私は自分の脳の認知能力に裏切られて、到着早々に1リットルの氷水をパソコンとカメラと財布の上にぶち撒けた

こんな芸当ができるのは、諸葛孔明をおいて他に居ない。いや孔明であってくれ、頼む。

同じ形=同じ振る舞いを期待するシグニファイア(可能性を示唆する意匠)の原則に加えて脳の認知能力の脆弱性までをも逆手に取った、非常に狡猾かつ巧妙な身体危険部門ノミネート作品である。

生活者がフィードバックすることで住みやすい社会を作って行こう

如何だったでしょうか。去年大きな反響を呼んだことで多くのコメントを頂き、その中に「素人なのでプロが作ったデザインにケチを付けるのは恥ずかしいと思っていた。」という意見がいくつかありましたが、そもそもすべてのデザインは『素人である生活者』の皆さんのために作られているはずですので、生活者側が変だ・不便だと思った時点でそれはいくらスタイリッシュで先進的であろうと、バッドデザインです。

オシャレさスタイリッシュさが先行して利用者を無視しているプロダクトはもはやアート作品であり、デザインドプロダクトと呼ばない方が妥当でしょう。アートを否定するわけではありませんが、製品として市場で販売する以上、最低限は利用者を意識すべきだと私は思います。逆に機能的でもダサすぎれば売れないのはわかっているので、何事もバランスですね。

また、最後の事例のように誤操作や誤認は時に身体や資産に大きな損害を与える危険をも孕んでいることは誰かが言い続けていかなければならないと思い、今年も断行しました。

たかがデザイン、されどデザイン。企業のデザイン担当者の皆様におかれましてはこれから新しい時代に変わって行くにあたり、改めてデザインの基本の一つである「正しく伝える」ことを意識する重要性を認識していただければ幸いです。

私は、生活者全員がバッドデザインをフィードバックしていく文化が根付いていくことで、世の中が少しずつでも暮らしやすくなっていくことを願っています。

一応の成果(?)なのか、去年のエントリーNo.4の「乱視案内板」は現在、再施工されて見やすくなっていることを確認しました。このブログか、もしくは他の生活者からのフィードバックが担当者のもとにまで届いたのかもしれませんね。

この記事を読んだ皆さんも、日常生活のなかで不便だと思ったものはどんどん発信してみてください。通常、企業はユーザの声をお金で買っていますので、彼らにとっても不便さのフィードバックは嬉しいはずですので。

それでは皆さま、良いお年を!