酔いどれデザイン日誌 - Drunken Design Diary -

都内でデザインファームを営む酔っ払いが、UI/UX論やデザイン思考論を書き殴ります。

都内でデザインファームを営む酔っ払いが、UI/UX論やデザイン思考論を書き殴ります。

ユーザー中心設計の解釈について

  • 【要約すると】
  • ユーザーに質問しても「答え」は返ってこない
  • 「何故?」を徹底追及するのがUXデザイナー
  • より質の良い仮説を生み出す為には街に出るべき

「ユーザー中心設計とは、ユーザーの求めるものを提供するための設計である。」 ←この文章に違和感を感じなかった方、どうか最後まで読んで行ってください。もしかしたら大きな機会損失をしているかもしれません。

申し遅れました、UXディレクターのおりです。現在はオハコ(OHAKO-inc)という、日本では珍しくUXデザインを専門に扱うスタートアップ的な会社で働いてます。

私のほうは先日、HCD-Net認定の人間中心設計スペシャリストとなった訳なのですが、人間中心設計もしくはユーザー中心設計というものについて、時折「んん?」と首を捻る解釈をしているものを見かけるので、例を挙げつつ考えていきたいと思います。

ユーザー中心設計の認識として最も多くの誤解を生んでいるであろう部分は、以下の部分です。

UCDでは、まずユーザーとそのタスクや目標について様々な質問を行い、その答えを使って開発と設計に関する判断を行う。

(出典:Wikipedia ユーザー中心設計:目的)

これは、質問によって出てきたユーザーの意見を参考として思考し、デザインせよ。という意味なのですが、時折ユーザーが言っている通りの物を提供すれば良いという解釈でデザインされたものを見かけるのです。「ユーザー思考を中心とした設計」と「ユーザーが求めているものを作る」は、似ているようで全く異なります。どういうことでしょうか?

目次

ユーザーは自分の求めるものをうまく言語化できない

皆さんはデザインって何だと思いますか?私は、思考だと思っています。思考の無いプロダクトやサービスは、ただの偶発的な産物にすぎず、それをデザインや設計とは呼べません。

冒頭で示したユーザー中心設計の手法の一つ「質問」について、最も愚かな例を挙げます。

あなたはこれ(サービスやプロダクト)がどうなっていて欲しいですか?

飽きれてしまいますよね。でも、こういう質問が実際行われています。それも名だたる有名企業のアンケート調査などで日常的にです。それを集計してパーセンテージを算出し、円グラフや棒グラフにまとめたプレゼン資料が作成され、「今、ターゲット層に最も需要のある要素はこれです。」と言ってしまうドヤ顔の担当者が存在することによって、日本の経済は回っているのです。

もっと身近な例にたとえましょう。あなたは部長です。辞表を提出してきた部下に対して「あなたは何故、会社を辞めるんですか?」と聞いて、本当の答えが返ってくると思いますか?そんなわけありませんよね。しかしここで着目すべきは、言い辛い理由が無くても、本人が何故?というのを具体的な言語として表せない事が存外多いという点です。

普段デザインをしていると感覚が鈍りがちですが、一般企業に勤め、ごく普通のサラリーマン生活をしている人たちにとって「何故?」を考えるというのは、意外と難しい事なのです。そして、その「何故?」を彼らの代わりに考え、ソリューションとして提供するのが我々デザイナー、特にUXデザイナーという専門職の人達の役割でもあるのです。

「痴漢抑止シール」に見るダメなユーザー中心設計

先日、埼玉県警が画期的と自負する痴漢対策の秘密兵器を発表しました。「痴漢抑止シール」です。

痴漢犯罪の撲滅を掲げる県警鉄道警察隊が「チカン抑止シール」を作成し、無料で配布する活動を進めている。携帯電話などに簡単に貼ることができ、痴漢に対する強い警戒心をアピールできるメリットがある。「怖くて声が出せない」などという痴漢被害者の声を基に、女性隊員が中心となって考案した。沢登真珠枝・同隊長は「痴漢防止への意識が高まれば」と効果に期待を寄せる。

(出典:朝日新聞デジタル)

このシール、見せる事で声を出さずに相手に警戒心を伝えることが出来、更には直接「スタンプ」する事で動かぬ証拠を残せるといった代物だそうなのですが・・・そうです。これが冒頭で挙げていた「んん?」と首を捻ってしまうようなプロダクトです。

私はこれをダメなユーザー中心設計の典型例として挙げさせて頂きます。埼玉県警さん、遺憾であればご連絡ください。もっと良いもの考案させて頂きます。

この痴漢抑止シール、女性隊員らが中心になって考案したそうなので、恐らくはユーザー中心設計を意識しての事だと思いますが、やり方が完全に間違っています。

記事を見る限りでは「怖くて声が出せなかった」という意見が痴漢被害者のアンケートで最も多かったのでしょうが、「じゃあ声を出さないでもヤメテって言えるものがあればいいよね。」というのは、あまりに短絡的すぎませんか。しかもよく見ると2009年に作られた痴漢撃退シールという製品のアイデアをそのまま流用しており、6年経ったのに全く進歩していません。

被害者たちは、なにが「怖かった」のでしょう?声が出せないほど怖い何かって、何でしょう?この「何故?」の思考が、このプロダクトからはごっそり欠落してしまっています

私は、被害者女性たちは「追い詰められた犯人がどういった反撃をしてくるのか分からないという怖さ」があったのではないかと推測しています。そうです、仮説です。でもこの仮説が真実だとしたら?相手に痴漢するなという意思を伝えてしまってはいけないという事になりますよね。だって、密室で相手を追い詰めるような意思を示してしまったら、その後刺されたり、逆ギレされたり、降りた拍子に暴力を振るわれるかもしれないですからね。

別のパターンで考えると、「もし万が一この人が故意じゃなかったら私が声を上げると人ひとりの人生を破壊する事になる。ならばちょっとの間自分が我慢しよう。」という、良い人ならではの怖さがあったのかもしれません。これも仮説です。ただ、仮説はどこから導き出されましたか?私は今、満員電車での体験という自分自身の経験と、「怖くて声が出せない」というアンケート結果の一部のみでこの仮説を導き出しました。この導き出すプロセスこそが、UCDです。顕在化したニーズを元に、自分に置き換えて思考し、潜在的・本質的なニーズを導き出す思考法です。決して、顕在化したニーズをそのまま形にする事ではありません。

もっというと、痴漢されてしまうようなオシャレや美について敏感な若い女性が、自らの半身であるスマホに痴漢抑止シールなど、貼るでしょうか?さらに満員電車でいちいちシールを剥がして相手に押し付けるといった所作が可能でしょうか?周りの関係ない人にもインクが付着しませんでしょうか?ターゲットユーザーや利用シーンが全く想定されていないと言わざるを得ません。ユーザー中心設計は、ユーザーの奴隷ではありませんし、ユーザーにとって最も心地よい体験を提供するための設計でなくてはならないのです

したがってこの記事の冒頭で違和感を問いかけた、「ユーザー中心設計とは、ユーザーの求めるものを提供するための設計である。」という文章は、正しくは「ユーザー中心設計とは、ユーザーの求めるものが何であるか考え、調査・仮説・検証の上で提供するための設計である。」です。これだけの違いですが、最終的には大きな違いになってしまいます。

UXデザイナーはユーザー視点のストックを増やすべき

上の例で私は自分の経験則を元に仮説を立てると言いましたが、このような発言をするとアカデミックなユーザー中心設計を嗜む方々から反発があるのではないかと思います。そういった人達には私は必ずこの一言を投げかけます。「勉強会やセミナーの会場に、ユーザーは居ますか?」と。

ユーザーエクスペリエンスデザインは、最も現場に近いデザイン思考です。優秀なアナリストを抱えてしまうと、とかく正確なデータが上がってきますので数字にとらわれてしまいがちですが、数字はあくまで参考資料です。ユーザー体験の世界において、数字は答えにはなり得ません。

「○○という機能に 満足 と答えたユーザーは80%を超えた。」よくありますよね。でもどうなんでしょう?回答してくれてるユーザーがそもそも満足度の高いユーザーだけなのでは?という見方もできますよね。全てはユーザー側の主観によるものの結果でしかなく、いかなる数字も仮説の域を出ません。であれば、無機質なデータから得られる仮説よりも、街に出て実際にサービスに触れている人達を観察しながら思慮した仮説の方が、数段イケてると思いませんか。もっと言うと、その感覚を以て、優秀なアナリストの出したデータを紐解いていけば、「最高の体験を生み出す仮説」が出来ると思いませんか?

何度も言いますが、ユーザーに質問しても「答え」は返ってきません。ユーザーのくれた顕在化したニーズ(ヒントの山)から潜在ニーズを探り、解決策を導き出し、仮説としてユーザーにフィードバックを行うのがUXデザイナーであるべきだと考えています。ただの御用聞き営業なんて誰でもできるのです。あなたは、専門家でしょう?

私は、UXデザイナーはもっと街に出るべきだと思います。色々な人と話し、仲良くなりましょう。多様なユーザーの潜在的なニーズを解決するには、そうやって「ユーザー視点」のストックを増やす必要があるのではないでしょうか。

勉強会や交流会に意欲的に参加するのも良いですが、たまには週末、田舎のおばあちゃんたちが何を考えてどういった価値観で生きているのか、触れあってきてはどうでしょう。きっと見えなかったものが見えるようになると思いますよ。

UXデザイン特化のスタートアップに入って感じた事

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(この記事の読了目安:3分)

UXデザイナー改めUXディレクターのおりです。先日無事に「HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト」の資格に合格致しました。これからはよりオフィシャルにUXデザインの考え方を広めていければと思います。

またこの度、4月1日から株式会社オハコというUIデザイン・UXデザインに特化したスタートアップにジョインしました。

今回は、オハコにジョインした理由とこれから何をやっていくのか、UXディレクターという立場から見た視点で雑記的に書き記してみたいと思います。もしこの記事をみてオハコのやっている事にご興味のある方、一度ご連絡下さい。お話しましょう!あなたのサービスの未来について。

なぜオハコなのか

UIデザインやUXデザインをウリにしている会社は、他にもあります。ぶっちゃけると、オハコ以外にも某メガベンチャーなどにも面談に行ってました。しかし、それでもオハコを選んだ理由があります。まず、私が転職にあたって重視した条件は以下の5つです。

  • 1.経営者がデザインを理解している
  • 2.尊敬できる社員が周りに居る
  • 3.現場に発言権と決定権が委ねられている
  • 4.スピード感がある
  • 5.一つだけでなく色々なサービス立ち上げに関われる

この中で、メガベンチャーは1~4は申し分なく満たせているのですが、5がどうやっても満たせませんでした。まぁ当然ですが。

ではオハコはどうか?というと、この5つの条件を満たしているのは当然の事、私が最も大切にしている仕事の進め方、「相手の輪の中に入って一緒に考える」をナチュラルに実践していました。UIデザインをウリにしている会社のうち、ここまで突っ込んだことをやってる(やらせてもらえる)会社ってあんまり無いのでは?と思ってます。

サービスを一緒に作るということ

オハコの特徴的な仕事のやり方として、新規サービスのUI開発などでサービス企画段階からクライアントにジョインして進めるという事が挙げられます。私はこの一点のみで入社を決めたと言っても過言ではないくらい、これは大切な事だと思っています。

ひとことでUIデザイン、UXデザインと言っても、論理的に正しい手法を用いて合理的に設計すればイイってものではありません。良いものを作るためには、そのサービス、そのプロダクトのどこが良いのかをまずは深く深く知らなければならないのです。私は前社でもこれを徹底してやってきました。

深く知る事を徹底してUX設計をしていると、必然的にサービスのコアとなる価値を提供する機能の設計なんかにも話が及ぶのですが、よそさまの会社の事業企画レベルの話ですよ?いち制作会社にそんなこと任せるのはありえないと思いますか?しかし、オハコにはそれを柔軟に取り入れて下さる最高のクライアントが、幸運なことに沢山いらっしゃいました。下請けで仕事なんかしてたら、こんな事絶対にないです。納期までに言われたものを言われた通りに作るだけで労働時間に比例したお金を貰って「ハイお疲れさん」です。

オハコにジョインして3日、私が担当している案件は、新規サービスをクライアントと一緒に作る案件です。1日目で深く知り、2日目でサービスを企画し、3日目で提案しました。そして提案後、クライアントの責任者の方にこんな事を聞かれました。

「これが出来上がったら、絶対面白いと思いません?!」

ああ、仕事を楽しむってこういう事なんだな。と。前社での大型開発案件でもそうでしたが、作る側が一緒に楽しんでると必ず良いものが出来上がると思います。社会に出てまだそう経ってないですが、本当に良いお客さんばかりで良い経験詰ませてもらってます。ありがとうございます。

これからの5年間

UXデザインという言葉が、いつまで通用するのかわかりません。でも、言葉が変わろうとも体験を扱う分野は絶対に無くならないはずです。

これからの5年、デバイスは進化をし、そもそもデバイスではない何かが世界のスタンダードになるかもしれません。でもそうなったとしても、人が人である限り必ず体験は付いて回ります。たとえ電脳世界であったとしてもです。

こんな面白い時代に、時代の先端を行くスタートアップにジョイン出来た事は本当に幸運としか言いようがありません。私自身もUXデザインを広める者の一人として、この時代の転換期を最大限楽しもうと思います。

■株式会社オハコ
http://ohako-inc.jp/

メンバー募集中です!

オハコではお仕事の依頼は勿論、一緒に日本を代表するUI・UXのリーディングカンパニーを目指すメンバーを募集しています。この記事を読んでオハコの仕事に共感してくださったデザイナー、ディレクター、エンジニアの方、是非一度オフィスに遊びに来て下さい!お待ちしてます!

フリーミアムモデルで機能制限をしてはいけない理由

フリーミアムモデルなんてどこもやってるよ。と思った方、なんとなく無料版と有料版を作ればそれがフリーミアムモデルだと思っていませんか?上の図のような○×の表を出して差別化をするタイプのフリーミアムモデルは、これからご説明する考え方に則ると非常にイケてない代物であると言えます。どういうことでしょうか?

フリーミアムモデルでググると、以下のような説明文が出てきます。

フリー(無料)ビジネスの一つ。無料のサービスを多数のユーザーに提供し、高機能または追加された特別な有償サービスによって収益を得るビジネスモデル。とりわけウェブ上では、95%が無料ユーザーであっても5%の有料ユーザーがいればビジネスは成立することから、「5%ルール」を基本としている。

(出典:コトバンク)

そのままの意味で受け取ると、どこにでもある「基本無料サービス」は全てフリーミアムモデルを踏襲しているように見えます。しかし、サービスデザインを考えていく中で「基本無料」を行うには気を付けるべき点がある事に気付きました。

目次

イケてないフリーミアムに共通すること

いつもよく使うアプリでちょうどフリーミアムモデルの導入に失敗していたモデルケースがありました。皆さんもよく使うでしょう乗り換え検索アプリのジョルダンです。(これからちょっとだけ否定的な事を書きますが、ジョルダンはいつも使っていて大変お世話になってるので嫌いではありません。)

このアプリ、普通に無料だと思って使っていますが、実は有料のプレミアム機能があるのをご存知でしたか?プレミアム会員になると何が出来るかというと色々あるのですが、共通して言えることがあります。それは、無料版が有料版の機能制限版であるという事です。

無料なのだから機能が制限されていて当然だろうと思いますか?それは経営側の視点です。ユーザーからすると基本無料のサービスは基本機能が一通り全て無料であると考えています。つまり、乗り換えに関する機能は全て無料使えて然るべきだと考えているのです。

ジョルダンの基本無料サービスの中には、制限してはいけない機能が多く含まれていました。その中のひとつが、「1本前・1本後検索機能」です。電車に乗った瞬間に目的地まで検索をかけて所要時間を調べる事、ありますよね?そんな時に便利なのが、1本前検索です。乗った後に検索すると次の電車の結果が表示されるため、自分が乗っている電車を調べるには1本前検索を使うのはごく自然な流れなのですが、ちょっと前まで1本前検索機能は有料機能でした。流石にまずいと思ったのか、今は無料機能として開放されています。(2015年2月現在)

これの何がまずいかというと、ユーザーの使用頻度が高い(=標準機能だと考えているもの)を制限してしまった事でユーザーがやりたい事に対して無理やり不便を強いているという点です。以上のような理由で、無料機能が有料機能の制限版であるフリーミアムモデルは、イケてないと思うのです。

人間は得よりも損を過大に感じるバイアスがかかるという事は、行動経済学の分野で証明されている通りです。ユーザーに不便を強いるような機能制限は何の利益ももたらしません。表組みで無料会員と有料会員の制限機能一覧を○と×で並べたページ、ありませんか?あなたのサービスで、もしそのような機能制限によるフリーミアムが導入されている場合、表現方法を再度検討してみる事をおすすめします。

たとえば、表現を○×の機能制限ではなく、上限増加のような形に変えてみるなどが考えられます。それだけでユーザーの印象は大きく異なる筈です。

人は満足感に課金する

以前ビジネスとは何かの記事でも述べましたが、人間が自発的にお金を支払うのは自分が求める期待、欲求、そういったものが満たされた時のみだと考えています。しかし、不満を意図的につくりだしてはいけません。それはいわば、食糧を全て買い上げて枯渇させた土地にマーケットをひらくようなものです。暴虐以外のなにものでもありませんよね。

世の中でフリーミアムモデルとされてきた、制限されていた機能の解放を有料版とするような課金モデルは、単なる押し売りでしかなく、全くもってナンセンスだと主張させて頂きます。

制限版ではなく、強化版。そして満足感に主軸を置いたフリーミアムモデルを設計してみてはどうでしょう。

基本無料は腹七分目を狙う

飲み会のコース料理がちょっとだけ足りなくて1品だけ追加注文したこと、ありますよね?概ね満足なんだけど、あともうちょっとだけ食べたい。その感覚がフリーミアムモデルの無料と有料の線引きポイントだと思います。コース料理は、何かの料理の制限版ではないですよね?コースはコースの料金として適正なものを出しきっています。追加で課金をするかどうかは、結局はユーザー個々人の腹具合次第なのです。

つまるところ、全ての機能を使い切って腹七分目のサービスを無料で提供していれば、おのずと有料で追加注文するユーザーが出てくるのではないでしょうか。元々小食なユーザー(95%と言われている層)は、何をやっても課金しないです。だって腹七分目に調整して盛ったご飯で満腹になっているのですから。

今後経営陣から「フリーミアムモデル」という単語が出てきた際は、それが制限版の機能を無料とする事を指していないか意識してみてください。そして、満足感に主軸を置いたフリーミアムモデルに置き換えられないかどうか、今一度考えてみてはいかがでしょうか。きっとそちらの考え方で生まれた課金モデルが、「イケてるフリーミアムモデル」だと思います。

オンボーディングのUXデザインは3つの接客力で決まる

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(この記事の読了目安:3~5分)

こんにちは、UXデザイナーのおりです。皆さんはオンボーディングという言葉をご存知ですか?

オンボーディングとは、スマートフォンアプリやWebサービスなどで初めて利用したユーザーを定着させる為に施す諸々のプロセスを指します。今回は、私が趣味でよく行く中古カメラ屋の接客から学び取った、良いオンボーディングデザインのコツを皆さんにご紹介します。

目次

接客からオンボーディングのコツを知る

私は最近、趣味でオールドレンズを使った写真撮影を楽しんでいます。その関係でよく中古カメラ屋へ出かけるのですが、これまで訪れた十数店舗のカメラ屋は、見事なまでに「良い接客」と「ダメな接客」に分かれていました。まず、ダメな方から紹介します。

ダメな接客その1:客を無視する。

これは論外です。逆に居心地がよくて好きだという人も居ますが、接客という点ではスタート地点にも立っていません。ちなみに普通のカメラ屋は大抵どこも客を無視します・・・。オンボーディングに当てはめると、利用開始した瞬間何もせず放置するのと同じです。

ダメな接客その2:客にイキる。

飲食店の接客などでは有り得ませんが、趣味性の強いカメラ屋などでは初心者に対して店主が横柄な態度を取るのが結構当たり前です。ハッキリ言って不快以外の何物でもありませんし、二度と行きたくなくなります。Webサービスなどに当てはめると、既存ユーザーの当たりが強いサービスなどが当てはまるでしょうか。そういう傾向のあるサービスの運営者は、初心者と熟練者を一定期間隔離するなどの措置が必要です。これは、オンラインゲームなどでは割と定石のやり方です。

ダメな接客その3:必要以上に絡んでくる。

量販店系では多い接客のやり方です。何かお探しですか?お試しになられますか?これがオススメですよ?こういった無駄なレコメンドは、客にとってストレスでしかありません。最近オンボーディングデザインとして扱われているものの中には、こういった過剰なチュートリアルがトレンドとして含まれているように感じます。UXデザインの観点から見ると、これはまるでダメだと思いますが。

良いオンボーディングを実現する3つの接客力

散々けなしましたが、カメラ屋がみんな酷い接客なわけではありません。次は良いと思った接客を紹介します。正直、とある恵比寿の中古カメラ屋さんのおかげで、今どっぷりレンズ沼にハマっていると言っても過言ではありません。その店に対する私のLTVは、相当な額になるでしょう。次に紹介する良い接客は、ほぼそのお店から学んだ事です。

接客力その1:客の話を聞く。

普通の事ですね。あれこれオススメする前に、客が何を求めているのか探ってレスポンスを返すべきです。ただ重要なのは、聞き方です。「へー」とか「そうなんですかー」とかはダメです。私が良いなと感じた恵比寿のお店は、自分の知っている知識領域のちょっと外側を利用者の立場に立って絶妙に答えてくれました。お店の人はある種、専門家なわけですから知識領域が広いのは当然なのですが、あんまり高度なことを言われても初心者である私はちょっと引いてしまいます。ちょっと外側というレベル感の調整が、あのお店だけ絶妙でした。

接客力その2:客と一緒に楽しむ。

これが出来ているカメラ屋は、正直言って恵比寿のお店だけでした。一般的に、Webサービスやアプリの良さを如何に早く知ってもらうかがオンボーディングデザインの真髄と言われていますが、果たしてそれだけでしょうか?私は、そのサービスを一緒になって楽しめるかが最重要だと思っています。何が違うかと言われそうですが、視点がまるで違います。「良さを知ってもらう」というのは、客と店がゲストとホストの関係になっており、対等ではありません。一方、「一緒に楽しむ」というのは、客と店、どちらもプレーヤーなのです。これをオンボーディングのプロセスに落とし込むとするならば、前者がチュートリアルで、後者が既存サークルへの巻き込みです。こんなに便利で楽しいWebサービスをみんなでやってます!あなたも仲間に入ろうよ!といった内容を、嫌味なく初回起動時に伝えられれば、使い方など説明しなくても客は勝手にファンになると思います。現に成功しているWebサービスやゲームの殆どは、運営会社と既存ユーザーと新規ユーザーが非常にラフなやりとりをして一緒に楽しんでいるように感じますね。

接客力その3:お金を要求しない。

めちゃくちゃなことを言っている事は自覚しています。でも、恵比寿のカメラ屋はそうでした。店中のレンズを試写し、数時間も世間話をして、散々拘束したにも関わらず「いかがですか?」というセリフを一言も発しませんでした。何も買わないで立ち去る事を気持ちよく認めてくれます。そんなんで商売になるのか、と思いますか?とんでもない。ちゃんと後日買い物をするどころか、他の友人にも「レンズを買うならあそこがいい」とオススメしまくってる始末です。マーケティング分野では有名なイノベーター理論や、グロースハックでおなじみのAARRRモデルにもにガッシリハマっている感覚を肌で感じました。初回の来店時に徹底的に楽しませてもらったので、2度目以降も来店したいと思えますし、何よりも楽しみを知ってしまったために、欲しくて欲しくてしょうがなくなってしまったのです。車のディーラーとかでも同じかもしれませんね。最終的に一番多くのお金を落とすのは内的トリガーによる自発的な課金なのではないでしょうか。

今ではなく利用期間全体の体験をデザインする

現在オンボーディングのノウハウとして語られている事の多くは、初回起動という一時的な接点をどう乗り切るか?という部分にフォーカスしているように感じます。しかしそれは、今後Webサービスやスマートフォンアプリを使い続けて貰う為の入り口であるオンボーディングの本質ではないと思います。

私がこのブログを通じて発信しているUXデザインの思考プロセスは、点ではなく線の考え方、すなわち今この瞬間をどう乗り越えるかという「点」ではなく、この瞬間にこの先の利用期間全体の体験を「線」としてイメージさせる事が出来るかどうかに集約されるという事です。オンボーディングも、点ではなく線で考えるのが妥当なのではないでしょうか。

私は、件のカメラ屋でレンズ交換の楽しさと、それによって得られる写真撮影という行為そのものの体験的な面白さを、接客を通じて共有されました。

皆さんも身近にあるお気に入りのお店の接客を観察してみて、どうして自分がここの店に通っているのか改めて考え、理解し、皆さんのプロダクトのオンボーディングデザインに役立ててみてください。思いもよらない理由が見つかるかもしれませんよ。

ブログタイトルを変えました

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ブログ立ち上げ当初、ちょうど情報設計(インフォメーションアーキテクチャ)について研究していた時期というのもあり、本ブログのタイトルにずっとIAを冠していましたが、研究と実践が進むにつれてIAはUXデザインという、もっとはるかに大きな枠組みの中のほんの一部だという事に気付き、ブログのテーマとして掲げるには不適切であるという想いが強くなってきました。

更にこの度2度目の転職をし、自称ではなく正式にUXデザイナーとして働ける環境に移る事が出来たため、これを機にブログタイトルを「とあるWEBデザイナーの情報設計(インフォメーションアーキテクト)」から「とある企画屋の体験設計(ユーザーエクスペリエンスデザイン)」へと変更致します。

タイトルからWEBデザイナーを外した意図としては、既に扱う領域がWEBだけに留まらなくなってきたという事と、次の職場がWEBデザインというよりもサービスデザインやアプリ開発に寄っているという事が主な要因です。では何故、企画屋か?というと、私の原点は常にコンセプトメイキングから始まるプランニングである為、企画屋魂みたいなものは忘れたくない、という想いを込めて、WEBデザイナーの代わりに企画屋という文字を据えさせて頂きました。

扱うテーマや内容は何も変わらないのですが、IAを基準に据えるのではなく、UXデザインとプランニングを主として扱っていければ良いかなと考えていますので、これからも何卒よろしくお願いいたします。

転職に関するエントリーは、また別の機会にでも書ければと思います。